小林一茶足跡の地

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ページ番号 1000792 更新日  平成27年1月30日 印刷 大きな文字で印刷

小林一茶足跡の地の写真

十王堂境内地として、野田市文化財に指定されていましたが、周辺の景観が大きく変化したことなどから、平成4年度に指定は解除されました。
以前あった十王堂は、天明3年(1783)の浅間山大爆発の際に死亡した人の霊を弔うために建てられたと言われています。棟札の写しから天明5年(1785)に建立されたこともわかっていました。
現在は、新しく建設されて近くの観音院に移っています。
この旧十王堂境内地へは、文化9年(1812)3月2日に俳人小林一茶(1763から1827)が訪れています。
一茶の句日記である『七番日記』には、「目吹村エンマ堂ニ美禄二年(私年号の一つか)ノ石塔掘出セルヨシ 今日参ル二 美禄矢デ無之多ク文明明応年間ノモノノミ以之准之美禄モ享禄ナラン」と記されています。
目吹村のエンマ堂で、美禄2年の石塔が掘り出されたと聞いて訊ねてきたが、美禄のものではなくて享禄のものではなかったのか、という内容です。
ただ、「美禄二年」は「弥勒二年」という私年号の当て字との見方もあり、この場合は、永正4年(1507)ころと考えられています。私年号とは、朝廷の定めた年号ではなく、つくった人やその近くの人たちなどの狭い範囲でごく短期間の間使用されていた年号とされています。

  • 所在地
    野田市目吹

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