シリーズ48 江戸川は人工の河川

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ページ番号 1049975 更新日  令和8年5月7日 印刷 大きな文字で印刷

野田の魅力を発見!!シリーズ「江戸川は人工の河川」

 江戸川の一部は開削によりできた川で、その証拠は地名に残されています。
 野田市東金野井と江戸川を隔てた春日部市西金野井、東宝珠花と西宝珠花、親野井と西親野井、関宿町と西関宿など、江戸川上流部に引き裂かれた地名が多いのは、上流部(18キロメートル)を掘ったからです。
 醤油醸造家の茂木佐平治家に残る古文書では、寛永17(1640)年から3年間で完成したと記録されています。農繁期を避けた突貫工事で、土を掘る土木工事を簡単にするため、谷津と呼ばれる台地に入り組んだ形の低地や沼地をうまく利用して河道が掘られました。
 そのため、堤防内の江戸川の河道はくねくねと蛇行しています。
【参考文献】郷土博物館「江戸川誕生物語」2002年、県立関宿城博物館「企画展図録利根川東遷と関宿藩」2006年、県立関宿城博物館「醬油を運んだ川の道~利根川・江戸川舟運盛衰」2012年、県立関宿城博物館「関東のへそ~地勢とくらしのヒストリー~」2020年

江戸川を掘った部分 (「江戸川誕生物語」より転載)
江戸川を掘った部分(「江戸川誕生物語」より転載)

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