シリーズ49 江川地区再生への軌跡 荒れ地からコウノトリの舞う里へ
野田の魅力を発見!!シリーズ
かつて野田市周辺は、コウノトリが舞う豊かな水辺でした。江戸時代の絵図には江戸川付近に佇む姿が描かれ、明治17(1884)年には近隣の手賀沼での捕獲記録も残されています。市内にも「鴻ノ巣(こうのす)」という地名や生息の伝承があります。
江川地区は、明治時代には沼であり、その後水田として整備されました。しかし、時代の変化とともに耕作放棄が進み、荒れ地となっていました。一時は大規模な宅地整備計画も持ち上がりましたが、その計画も最終的に破綻し、貴重な自然は残ったものの荒れ地は、地域の課題となっていました。この課題に対し、市はかつての田園風景を守ろうと、平成18(2006)年3月自然環境保護対策基本計画を策定します。ここから、江川地区を中心とした自然と共生する地域づくりが本格的に始まりました。取り組みには、農薬や化学肥料を抑えた米づくりや魚道の整備のほか、江川地区での市民農園や貴重な里山・樹林地の保全などがあり、市民や団体との連携を深めながら展開されてきました。その結果、希少な生き物たちが、再び江川地区に戻り始めたのです。
この豊かな環境を未来へ繋ぐため、市は活動を象徴するシンボルを探しました。「希少性が高く、親近感が持て、環境再生の効果がわかりやすいこと」、この条件を満たしたのが、水辺の生態系の頂点に立つコウノトリでした。
コウノトリが暮らすには、エサとなるカエルやドジョウ、昆虫が膨大に存在していなければなりません。つまり、「コウノトリが暮らせる環境」とは、生態系が極めて豊かで、人間にとっても安全・安心な場所であることの証となります。こうして平成24(2012)年12月、多摩動物公園からペアを譲り受け、江川地区での飼育を開始、平成27(2015)年からは関東初の放鳥が始まりました。江川地区の成功は、今や地域を越えて広がり、その理念は、関東5県28市町が結集する「コウノトリ・トキの舞う関東自治体フォーラム」の取り組みにもつながります。かつての荒れ地は、今や関東全体の自然再生を牽引する存在となったのです。
野田市が目指すのは、未来を託す子どもたちに夢を与え、かけがえのない自然を次世代へ残すことです。今回のヒナの誕生は、「野田のコウノトリが大空を飛び、生き物あふれる環境で育ってほしい」という願いが現実の風景となり実を結びつつあることを、私たちに力強く伝えてくれています。
【参考文献】野田市「グラフ野田」2008年、野田市「生物多様性のだ戦略」2015年、「第2期 生物多様性のだ戦略」2023年

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