シリーズ52 カスリーン台風の浸水区域と川の記憶

Xでポスト
フェイスブックでシェア

ページ番号 1052177 更新日  令和8年9月1日 印刷 大きな文字で印刷

野田の魅力を発見!!シリーズ

 79年前の昭和22(1947)年9月16日、カスリーン台風で東村(現在の埼玉県加須市)にある利根川の堤防が決壊しました。氾濫水は約4日間で、75キロメートルも離れた東京都江戸川区まで達しました。下総台地である野田町(現在の野田市)は直接的な浸水被害がなかったため、県は野田に救護本部を設置し、警察署と消防団が小舟で屋根に避難している約2,000人を救助し、約3,000人が野田に避難しました。
 昔の利根川は東京湾へ注ぐ河川で、江戸時代に赤堀川の開削などで東へ付け替え、現在の銚子へ注ぐ流路になりました。堤防決壊場所を見ると、赤堀川の手前であり、浸水区域は旧河道に沿った氾濫原の形とも、縄文時代の海面が上昇していた奥東京湾の一部の形とも言えます。
 カスリーン台風を契機に利根川の堤防が大幅に進められたことから、7年前の台風19号ではカスリーン台風の最高水位を超えるにもかかわらず、同程度の災害にはなりませんでした。
 国では、気候変動に負けない利根川の早期実現を目指し、カスリーン台風の教訓を踏まえた流域治水と令和の大改修を進めています。
【参考文献】読売新聞『全国版朝刊』1947年、内務省関東土木出張所『昭和二十二年九月洪水報告』1947年、野田市郷土博物館『野田の災害年表』1985年、千葉県立関宿城博物館『平成9年度特別展 忘れまい大洪水 カスリーン台風回顧展』1997年、カスリーン台風写真集刊行委員会『カスリーン台風』1997年、内閣府『災害史に学ぶ 中央防災会議「災害教訓の継承に関する専門調査会」編 風水害・火災編』2011年、北原糸子『日本歴史災害事典』2012年、野田市郷土博物館『野田と災害』2012年、野田市『野田市史資料編近現代2』2019年

 

カスリーン台風の浸水区域図
カスリーン台風の浸水区域図(水色は浸水区域)
写真中央の建物は旧御用蔵(奥が野田市、手前は江戸川) (昭和22年9月国土交通省江戸川河川事務所所蔵)
写真中央の建物は旧御用蔵(奥が野田市、手前は江戸川)
(昭和22年9月国土交通省江戸川河川事務所所蔵)

ご意見をお聞かせください

質問:このページの内容は役に立ちましたか?
質問:このページの内容はわかりやすかったですか?
質問:このページは見つけやすかったですか?

このページに関するお問い合わせ

企画財政部 広報広聴課
〒278-8550 千葉県野田市鶴奉7番地の1
電話:04-7189-7048
お問い合わせは専用フォームをご利用ください。