声を出すと力が増す(市報のだ3月15日号掲載)

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ページ番号 1022093 更新日  令和5年8月15日 印刷 大きな文字で印刷

柳田准教授の顔写真
(監修:柳田信也先生)

東京理科大学の准教授、柳田信也先生にお聞きしました。

声を出すと力が強くなる

テニス選手がショットを打つときや陸上競技の投てき選手がスローをするときに、大きな叫び声をあげているのを見たことがあるのではないかと思います。実は、この行動は強い力を発揮することと密接に関係しています。これまで、本コラムでは筋肉や骨に対する運動の効果を掲載してきました。今回は、筋肉に指令を下す脳神経系と運動の話がメインとなります。

筋肉と神経の関係

私たちが力を発揮するとき、筋肉が収縮することによって骨格が運動を起こすことはよく知られています。一方で、力を発揮するためのもうひとつの非常に重要な生理機能として、神経系の働きがあります。自動車が勝手に走りだすことが無いように、我々の筋肉も特別なことがない限りは、勝手に力を発揮することはありません。人間が車のアクセルを踏むことによって車が走るように、筋肉にも力を発揮するためのアクセル、つまり指令を下すことが必要です。それが、神経系の働きとなります。声を出すことによって力が強くなるメカニズムを知るためには、この神経の機能を理解する必要があります。

筋肉には自分の意識で動かすことができる「随意筋」と自分の意志では動かすことができない「不随意筋」があります。例えば、腕や脚の多くの筋肉は動かそうと思って動かすことができるのに対して、心臓や内臓の筋肉は自分で動かしたり、止めたりできません。つまり、前者が随意筋、後者が不随意筋となります。これは、筋肉を動かすための指令、神経系が異なることに起因します。心臓などの不随意筋は、自律神経系の支配を受けています。一方で、随意筋は大脳皮質運動野から、脊髄経る運動神経の支配となります。手指や腕、脚などは、大脳皮質運動野の決まった場所の支配を受けており、その場所の神経活動が起こることによって、対応する筋肉が収縮します。この支配領域は、極めて厳密に決定されており、支配する領域の広さや場所を調べた脳外科医・ペンフィールドのホムンクルスが示すように、顔や手を支配する領域が非常に広く、胴体や下腿を支配する領域は限られています。つまり、顔や手の筋肉を動かすためにはたくさんの神経が働く必要があると言えます。文字通り、“神経を使う”作業となるわけです。

運動神経が良い!は間違い

前述したように大脳皮質運動野からの指令を受けて、筋肉は意識的に動かすことができますが、筋肉に指令が到達するまでに中継地点がひとつあります。その中継地点が脊髄です。首や腰を強く打つことによって、身体に麻痺が生じるのは脊髄を通る神経が損傷することによって大脳皮質運動野からの指令が筋肉に到達することができなくなるためです。その脊髄にも神経細胞があります。その神経細胞を「運動神経」と呼びます。運動神経とは、脊髄から筋肉へと連絡する細胞の名前なのです。つまり、“運動神経が良い”という一般的によく使われるフレーズは生理学的には間違っていると言えます。細胞の構造に良いも悪いもありませんので、正確には“運動神経の働きや機能が良い”と言われるべきでしょう。いずれにせよ、我々が何気なく行っている身体を動かし、力を発揮するという行動には、大脳皮質運動野―脊髄の運動神経―筋肉という情報伝達が背景にあります。この情報伝達に使われているのは、電気です。神経細胞はヒトデのような形から一本の長い線維を伸ばし、次の神経に情報を伝達しています。この長い線維を高速で電気が伝わることで情報のやり取りをしています。この電気の流れる速さは、速いもので秒速100メートルを超えると言われています。世界記録保持者、ウサイン・ボルト選手でも到底及ばない速さです。しかも、神経細胞の集合体である脳の中には一千億以上の神経細胞があると言われています。ボルト選手の10倍の速さで1,000億の細胞が働いていると考えると我々の脳の働きのすごさを感じることができるのではないでしょうか。

運動にも単位がある!?

長さの単位はセンチメートル、重さの単位はキログラムなどがありますが、運動単位という言葉があります。運動単位とは、ひとつの運動神経とその運動神経がつながっている筋線維をまとめた言葉です。私たちが力を発揮するときには、運動神経からの情報伝達が筋肉に伝わることが必要だということは前述しました。私たちの動きはたくさんの運動神経と筋線維が関わりますが、その最小単位は運動神経と筋線維の組み合わせだと考えたことにより、この概念が生まれたわけです。実はこの単位が強い力を発揮するポイントとなります。

指令に従わない筋肉の存在

大脳皮質運動野からの指令が、運動神経に伝わり、運動神経から筋肉に情報伝達が行われることは何度も述べました。この情報伝達経路の単位、運動単位の働きが筋力を発揮することに繋がるわけですが、実はこの運動単位という存在は一筋縄ではいかないものなのです。

実は、私たちの運動神経と筋肉は、構造として備わっている全てを使うことができていません。つまり、常に全力を出さずにセーブをかけている状態になっています。教室で授業を受けている様子をイメージしてみてください。大脳皮質運動野を先生、たくさんある運動単位を生徒や児童と見立てます。教室を覗いてみると、先生の話を聞いているのは教室の半分ぐらいです。一生懸命に先生が説明をしても、全く話を聞いていない子どもたちがいます。特にトレーニングを行っていない人、運動不足の人の運動神経と筋肉の関係、つまり運動単位の働き方はまさにこの教室のようなものなのです。一方で、筋力を充分に鍛えている人の教室は、先生の話を子どもたちがみんな一生懸命聞くようになります。つまり、構造上の筋線維や神経が全く同じものが備わっていると仮定しても、トレーニングをしている人としていない人では、発揮できる力が異なるのです。筋力トレーニングは、筋肉自体を鍛えるのはもちろんのこと、筋肉と神経の繋がりも鍛えていると言えます。もちろん、それまで働いていなかった筋肉が働くようになるわけですので、構造上の変化がないにもかかわらず発揮できる力が強くなります。特に、トレーニングを開始した初期には、この反応が良く見られるということがわかっています。鏡を見たり、体組成計で測ったりして筋肉の量に変化がなかったとしても力は強くなっているはずです。

火事場の馬鹿力「シャウトの効果」

ようやく声を出す効果の話になります。冒頭に述べたようなアスリートの叫びは、実は生理学的には意味があると考えられます。それは、先ほど述べた話を聞いていない教室の子どもたち、運動単位と深くかかわります。

トレーニングをしていない人では、サボっている運動単位が多く、トレーニングをすることによってサボりが少なくなりますが、このサボりをゼロにすることは非常に難しいものです。実際に、筋肉に電気を流して神経からの情報伝達があったような状態を実験的に作ってみると、各自が全力を出したという筋力よりも大きな力が発揮できることがわかっています。全力で力を発揮したつもりでも、構造上持っている筋肉から想定される筋力の7割から8割まで程度しか発揮することができないと言われています。これはよく鍛えたアスリートでも、低下の割合は小さくなるものの、同様にみられる現象です。なぜこのような抑制が必要かというと、それは私たちの身体を守ろうとするシステムが働くからであると言われています。常に、構造上の全力で力を出すことが可能となってしまうと、腱や靭帯、そして筋肉自体が強く引き伸ばされすぎて、損傷を起こしてしまうことが予測されます。輪ゴムを何回も強く引っ張っていると、切れてしまうようなものです。私たちが、構造上持っているすべての筋肉、運動単位を使うことができると仮定した最大筋力を生理的限界と呼びます。一方で、自分で全力を出そうと思って発揮することができる筋力の最高値を心理的限界と呼びます。通常は、心理的限界で動作を行っているのです。この心理的限界を超え、生理的限界で力を発揮することができれば、2割から3割までの程度の力の増加を期待できることは想像に難くないと思います。この生理的限界に近づく方法が、叫ぶこと、声を出すことなのです。過去の研究において、叫ぶことによって瞬間的に生理的限界に近い筋力を発揮することが可能になることがわかっています。例えば、軽い重りを持ち上げ、肘を何度も曲げる動作を繰り返した実験があります。何度も繰り返すうちに発揮する力は低下していきますが、疲れてきたころに“Shout(シャウト:叫び)”を入れると一気に力が上昇することがわかっています。その後も何回も同じ動作を繰り返し、疲労が大きくなってきても再度叫ぶことで、また強い力が出せます。驚くべきことに、この疲れた時の叫びによって発揮される力は、なんと最も元気な状態であると考えられる1回目の動作よりも大きな力であることがわかります。つまり、心理的な限界を超えて、生理的限界に近い筋力を発揮することができているのだと考えられます。叫ぶことによって、サボっていた運動単位が目を覚ましたような状態になるのです。先生に怒られた生徒が飛び跳ねて一生懸命授業を聞くような状態です。ウソのようなホントの働きが私たちの身体には備わっています。火事場の馬鹿力という現象も、科学的にはよくわからない部分もありますが、危機的な状況において生理的限界に近いような力を出すことが可能になるためではないかと考えることもできると思われます。

呼吸と筋力

高齢の方や運動不足の人にとっては、この生理的限界に近づくことはもちろんオススメできません。全力を出さない状に常に抑制をかけているのは、身体にとって非常に重要な防御反応です。特に、叫ぶという行動は血圧の急上昇を起こす可能性もありますので注意が必要です。私たちは、確かに叫んだり、息を止めて踏ん張ったりすることによって自分の限界に近い力を発揮することができます。このような動作は、充分な体力がある人でも気を付けなければいけないほど、身体に無理のかかるものです。無理がかかるからこそ、常に抑制をかけていると言い換えても良いかもしれません。叫んだり、息を止めたりするよりは、力の発揮が下がりますが、次に強い力を出すことができるのは、息を吐くときだと言われていますので、運動をするときには力を入れるときに息を吐いて、力を抜くときに息を吸うことを心がけると良いと考えます。いつもの生活に取り入れてみてください。市の行っているシルバーリハビリ体操などに参加される場合においても、筋肉だけではなく、呼吸にも意識を向けて取り組んでみてください。

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