筋トレの新たな主役「マイオカイン」(市報のだ3月15日号掲載)

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ページ番号 1025452 更新日  令和5年8月15日 印刷 大きな文字で印刷

柳田先生
監修:柳田信也先生

東京理科大学の准教授、柳田信也先生にお聞きしました。

筋肉は収縮して力を発揮することが主な仕事ですが、最近の研究成果によると筋の働きはどうやらそれだけではなく、全身にメッセージを送るホルモンを分泌していることがわかってきました。このホルモン「マイオカイン」が私たちの健康や身体機能の向上に果たす役割に注目が集まっています。筋力トレーニングは筋肉を鍛えるだけではなく、全身を変化させ、私たちの健康を守るものなのかもしれません。

ミオスタチンと筋肉

マイオカインと生体機能の関係を示す非常に興味深いエピソードがあります。

ベルジアン・ブルー
写真 ベルジアン・ブルー(123RFより購入して掲載,転用厳禁)

写真は、ベルジアン・ブルーという主にベルギーのナミュール州などで飼育されている牛です。『ダブルマッスル(2倍筋肉)』の異名が付けられており、通常の牛の2倍近くも筋肉があり、その筋肉は脂肪が少なくほとんどが赤身で構成されているそうです。この牛は特別なトレーニングをさせたわけでもなければ、遺伝子操作などによって人為的に作られたものでもなく、突然変異によって自然に生まれたものであるとわかっており、ヨーロッパで古来受け継がれてきた品種だそうです。ちなみに、日本でもこのような突然変異が起こったという事例は報告されているようですが、脂肪のたっぷりついた霜降りの牛肉に価値を見出す我が国では継続的な飼育には至っていないのかもしれません。

この筋骨隆々の牛が、筋肉には生体機能の調節において未知の役割があることを教えてくれるものとなりました。なぜ、ベルジアン・ブルーはトレーニングもせずにこんなにも筋肉の量が増えているのか?この問題を解き明かすことは、私たちが筋肉量を増やすための重要な手掛かりになるかもしれません。そしてそれは、加齢による筋力・身体機能低下(サルコペニアやフレイル)を防ぐことや筋ジストロフィーや筋萎縮性側索硬化症などの難治性の疾患の治療に役立つ可能性があります。

1997年にアメリカ・ジョンホプキンス大学のセイジン・リー博士がマウスを使った実験で、『ミオスタチン;GDF-8 :Growth Differentiation Factor-8』の機能が筋肉量の増加に関係していることを明らかにしました。この研究で、ミオスタチンは筋肉の増加を抑制している物質であることがわかり、この働きを止めることでマウスの筋肉量を劇的に増やすことに成功しました。ベルジアン・ブルーに起こっていた突然変異もミオスタチンに関連する遺伝子によるものであることも示唆されています。そして、非常に興味深いことに、このミオスタチンはどうやら筋肉自体が分泌しているらしいということがわかりました。つまり、筋肉は収縮をして力を発揮しながら、筋肉が増加しないようにする物質を自ら分泌しているということになります。この理由は明確にはわかりませんが、推測されることとして、筋肉は非常にたくさんのエネルギーを使って力を発揮しますので、あまりに筋肉量が増えすぎてしまうと無駄なエネルギー消費が増えてしまい、生存のためには不利益になるため、それを防いでいるのではないかと考えられています。筋力トレーニングをして筋肉量を増やすのが簡単ではないのもこのことが関係しているかもしれません。ミオスタチンが分泌されることによる筋肉が自ら筋肉量を増やさないようにする働きを上回るほどの努力をしなければ、筋肉は増加しないメカニズムが存在すると言えるでしょう。筋トレが苦しい理由のひとつはここにあるかもしれません。

ミオスタチンと筋肉量増加の関係図
図 ミオスタチンと筋肉量増加の関係図

一方で、ミオスタチンは、前述したような筋肉量が低下する疾患を治療するためには非常に重要なターゲットになるかもしれません。しかし、例えばミオスタチンの働きを変える薬がすぐに開発されるかといえばそう簡単にはいかないようです。特に、我々の心臓は筋肉で構成されていますので、安易にミオスタチンの働きを抑えてしまうと生命機能全体を抑制してしまう可能性もあります。更なる研究開発が望まれる分野であると言えます。

マイオカインの働き

ミオスタチンに代表されるように、2000年前後から筋肉が何らかの物質を分泌していることを明らかにする研究成果が報告されるようになりました。筋肉は収縮をして力を発揮するだけの器官・組織ではなく、さまざまな生理作用を持つ物質を分泌している内分泌組織としても働いていることがわかってきたのです。つまり、筋肉は我々に“動き”をもたらす器官として働いているだけではなく、さまざまなホルモンを分泌して身体の調子を整える非常に重要な役割を持っている器官であったわけです。

マイオカインが筋肉から分泌されているイラスト

この筋肉から分泌される活性物質を総じて『マイオカイン(myokine)』と呼びます。これはギリシャ語から派生した言葉であり、myo(筋肉)+kine(動作やそれに関連する物質)から作られたと言われています。運動生理学やスポーツ科学においてここ10年ぐらいの間に研究が飛躍的に進んでいる比較的新しい概念です。マイオカインの発見から少し前には、アディポサイトカインという脂肪細胞から分泌される活性物質については非常に多くの研究成果が報告されていました。私たちの身体の組織や器官は、実はメッセージとなるような物質を分泌しながら、お互いに作用しあっているという考え方が、このアディポサイトカインやマイオカインの発見によって急速に進んだこととなります。

このマイオカインの中には、脂肪の燃焼に関わるもの、免疫力アップに関わるもの、ストレス解消などメンタルヘルスを向上させるもの、認知機能とのかかわりが期待されるものなど、多種多様なものがあることが続々と発見されており、運動の新たな効果として注目を浴びています。特にインターロイキン‐6やイリシンなどの働きが次々と明らかになっており、私たちの健康を増進したり、病気を治したりするための重要なターゲットとなっています。

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