シリーズ4 明治期のレンガ造りの建造物

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ページ番号 1037078 更新日  令和5年4月1日 印刷 大きな文字で印刷

丸1
このレンガ造りの水門はいつ、どのような目的でつくられたのでしょうか
すぐ近くにある水堰橋も昔はレンガ造りでしたが、壊れて今は鉄筋コンクリート造りになっています。

丸2

水門


水門は114年前に築造され、農業用水の取り入れや排水のため堤防の下に設けられた水門です。

レンガ造りの農業遺跡が野田に現存しているなんでとても貴重ですね。

 

 

野田の魅力を発見!!

利根運河に架かる県道我孫子関宿線の橋梁(水堰橋)の近くに、明治時代の貴重な産業遺産とも言えるレンガ造りの樋門があります。 樋門とは、堤防の中に設けられたトンネル状の水路のことで、河川などの水位が高くなったときに、川の水が内地に逆流して来ないように堰き止めるための建造物です。
銘板に、名称や設計者などは記されていませんが、今から114年前の明治41(1908)年に建造されたことがわかります。使用されているレンガは、明治期に千葉県や茨城県で建設された水門に特有の赤黒いもので、高い温度でしっかり焼き締めることで撥水性能が高くなる、鼻黒・横黒レンガです。利根運河の水堰橋も当初はレンガ造りでしたが、現在は鉄筋コンクリート造です。日本ではレンガが多用された期間が短いこともあり、この樋門は利根運河近くに現存する、明治時代の貴重な土木建造物です。

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